2013年日本シリーズ

「もう、どっちが勝っても祝福できる」
3勝3敗で迎えた日本シリーズ終戦が始まる前、巨人ファンの僕はそんな風に考えていた。

シリーズが始まる前、僕の胸には「巨人に日本一になってほしい」ということ以上に、田中将大に土をつけてほしい」という想いがあった。
別に田中を嫌ったり憎んだりしているわけでは無い。
今シーズンの成績には全くケチのつけようがないし、これからも素晴らしい成績を収めてほしいと思っている。
ただ、このまま田中が一年無敗を貫き伝説と化してしまうという光景を想像したとき、何とも言えぬ不快感を覚えたのだ。
田中が今後も引き続き日本球界でプレイするのなら、一年くらいはそういうシーズンがあっても面白い。
しかし、田中はもう来年にはメジャーでプレイするのがほぼ確実。本人はもとより球団関係者ですらもう田中は来年居ないもの見ているように感じる。
もちろん未来のことは誰にもわからないけれど、
田中クラスの逸材ならきっと1、2年だけでなく長い期間をMLBに費やすことになるのではないか。
キャリアをMLBで終えるか、日本球界に戻ってきたとしても、その頃にはもう全盛期を終えているはずだ。
「全盛期の田中には誰も、どのチームも勝てないまま終わった」と伝説になったまま、
リベンジの機会を与えることも無く田中は勝ち逃げしてしまう。(よりレベルの高い所に行くんだから「逃げ」はおかしいけど)
そんなことを許してしまっていいのだろうかと。
巨人ファン以前に、一人のプロ野球ファンとして田中に一矢報いてほしい。そういう思いが強くなっていった。
もちろん田中の無敗伝説を見たいという野球ファンも多いだろうし、
そもそも巨人に「球界を代表して〜」なんて言われるのは、他ファンからすると不快でしかないかもしれないがw

そして幕を開けた日本シリーズ
第2戦、巨人は見事に田中将大無敗伝説の継続を許してしまった。
その後もシリーズは完全に楽天ペースで進んでいき、2勝3敗。
勝敗や点差以上に内容に圧倒的な差を感じさせられ、正直こんなに競っているように見えるのが不思議なくらいだったなあ。
次勝てば楽天の日本一が決まるという状況で本拠地東北へ、そして次戦の先発は田中将大。最高の舞台が整っていた。
誰もが田中が巨人打線を封じ込め、胴上げ投手となって仙台の夜空に舞う光景を想像していただろう。
巨人ファンですら、開幕前から田中に2敗する前提で星勘定している人ばかりだったくらいだし。

ただでさえ巨人というチームは球界に蔓延る悪の帝国みたいな位置づけだけれど、
今回は相手が楽天イーグルスということで、特にその傾向が強く感じられたように思える。
創設9年目の若いチームが、弱小時代から成長して優勝・日本一へ。
その中心には24勝0敗、野球史に残る伝説的なエースがいる。
何より、楽天には「被災地東北に勇気を〜」という名分がある。
こうなるともう、どっちが勝った方がドラマチックかなんてのは明白だろう。
僕自身も、どこかで楽天が優勝し田中が胴上げされるのが一番美しいだろうなと感じていた。
しかしまあ、「巨人は空気を読めよ」なんて声が少なからずあって、
実際その通り巨人が楽天のために舞台を整える引き立て役と化していって。
このままじゃいかんだろう。意地を見せてくれよ。と、より打倒田中にかける思いは強まっていった。
楽天やその他ファン、巨人ファンすらもう諦めムードが漂う中、僕は必死に巨人の勝利を願っていたのだ。

しかし、いざ6戦目が始まり、二回裏に早速菅野が二失点。
その後相手のエラーで作ったチャンスが併殺で潰れたとき、僕の心は折れかけていた。
今シーズン、最多でも3失点しかしていない田中。
果たしてシリーズ打率.150の今の冷凍巨人打線が3点以上とれるのか。
そのうえで菅野が好調楽天打線を相手に無失点で切り抜けられるのか。
信じたい。けれどもう限界がすぐそこまで迫っていた。
……でも、巨人の選手たちは奇跡をやってのけた。
ここまで全く打てない上にタイムリーエラーを献上し、戦犯待ったなしだったロペスが同点2ラン。
その後も田中に畳み掛け、巨人永遠のヒーロー由伸が逆転打。
さらにもう1点を加え、田中今年初の4失点。QS100%伝説を阻止。
投手陣もリードを守りきり、見事4-2で勝利。
最後の最後に、無敵のエースに唯一土をつけた。QS失敗のおまけまでつけて。
打線が本当に、本当によくやってくれたね。
汚名返上のホームランを放ったロペス、
いつもは寡黙な仕事人が、田中相手に吠えていたのに驚いた。
2戦目で満塁で田中に抑えられ、ガッツポーズと咆哮を見せつけられた鬱憤が溜まっていたのだろう。
同じくシーズン中ずっとダメダメだった坂本も、猛打賞で打線の起爆剤に。
田中との幼馴染対決と煽られつつ、一方的な引き立て噛ませ犬では終わらせなかった。
2人の活躍に、プロフェッショナルの意地のようなものを見たよ。

でも、何より胸を打たれたのは菅野の好投だなあ。
二点取られた後、完璧に楽天打線を抑え込み反撃を許さなかった。
元々正義vs悪の図式だった今回のシリーズの中でも、
田中と菅野という2人の投げ合いはそれを象徴するような組み合わせだろう。
新設の弱小球団楽天に入団し、大エースに成長してチームを初優勝に導いた田中。
原監督の甥で、巨人以外はNOの姿勢で日ハムの指名を拒否した菅野。
まさに主人公と大悪党、そんな風に対比されるんじゃないだろうか。
「巨人に所属している」というだけで個々の選手を叩くのは不愉快だけれど、
菅野に関しては、正直叩かれるだけの理由があるのは事実だし、しょうがないものだと思っている。
僕自身も頼もしい投手と思いつつ、どこか応援する際に複雑な気持ちになっていた。
しかし、この日の菅野はもう文句なしにカッコよかった。
舞台は臙脂一色、楽天ファンに囲まれたクリネックススタジアム。
加えて巨人ファンや楽天アンチを除いた日本中のほとんどが、
「頑張れ田中」「打たれろ菅野」とエールと呪いを送っている。
そんな中で、菅野は2戦とも無敵のエース相手に堂々と投げ合ったの。
1戦目は5回1/3を1失点、2戦目は7回を自責点1。
田中ほど圧巻のピッチングというわけではなかったけれど、それでも見事に張り合った。
そして、2013年唯一田中将大に投げ勝った投手となったのだ。*1
世の大部分を敵に回しながら、偉業を成し遂げたその姿を見ていると思わず涙ぐんでしまった。
世間的にはヒールかもしれないが、僕の中では最高のヒーローだったよ、菅野。

そんな素晴らしい一戦を見て、僕はもうわりと満足しちゃってたのよね。
田中に土をつけるという最大の念願が叶い、巨人ナインの意地も見せてもらった。
それに楽天は敵ながら強くそして素敵なチームだと思っているし、
一人の野球ファンとして、楽天の初日本一を見てみたい気持ちもあった。
だから、冒頭の一言に繋がるわけだ。もうどっちが勝ってもいいやと。

んーでも、やっぱりいざ負けてみると悔しかったな。
明らかに楽天の方が強かったから、敗戦にはもう納得している。
じゃあ何がというと、やっぱり最終回の田中登だよね。
球界最強のピッチャーなんだから、クローザー起用は戦術的に間違ってないのかもしれない。
それでも、僕にとってあれは「田中を胴上げ投手に」という演出がやりたかったがためにしか見えなかった。
対戦相手としてそれを見せつけられるのは、もうただただ屈辱でしかなかったよ。
巨人も優勝決定試合で山口マシソン西村の一人一殺リレーとかやってたけど、あのときの広島ファンもこういう気持ちだったのかなとか考えたり。
まああの程度のちょっとした演出と、前日160球投げた先発投手を使うのとじゃあ全然意味合いが違うし、それだけに屈辱の度合もより一層強いけれど。
でも、結局はそれを許してしまった、そして田中を最後に打ち崩せなかった巨人が悪いのよね
プロ野球の11球団の、どこも楽天と田中の勢いを止められなかった。
だからシーズン優勝もCS優勝も日本一も、全て田中がクローザーとして登板して胴上げ投手となった。2013年のプロ野球シーズンが主人公・田中将大のための一年で終わってしまった。そういうことなのだろう。

……なんて言ってるけど、楽天の日本一は素直に祝福してるつもりです。おめでとう。
創設9年目での大躍進。震災を乗り越えて戦うドラマ。
チームも本当に魅力のある集団だった。
伝説的なエース田中、超新星ルーキー則本の二本柱。
4番にはプロ野球史上最高の実績を引っ提げてきたAJ。その後ろに彼を慕うマギー。
20代で選手会会長を務めるリーダー嶋を始めとする生え抜き選手たち。
メジャー帰りの大物ベテラン松井・斉藤隆。
藤田のような渋い職人や、創設当時から支えてきた小山のような仕事人もいる。
バラエティ豊かで本当に見ていてワクワクするチームだよね、うん。
田中が凄すぎて彼ばかりが目立っているが、それ以外にも本当にいい選手がたくさん揃っている。間違いなく今、日本で一番いいチームだと認めざるを得ないよ。
だからこそ、無敵のエースが初めて敗戦を喫した後、
田中を休ませてあげながらジャイアンツを倒して、
他にもいい選手がたくさんいるから優勝できたのだと見せつけてほしかったなと思う。
しかしまあ、田中と星野だけじゃなく、チームにとってもファンにとっても、田中で締めくくるのが一番望まれていた最高の形だったのかもしれない。
外野の自分がそこにケチをつけるのは筋違いってもんだよね。

巨人の選手たちも、敗れはしたが本当によく頑張ってくれた。
打線のボロボロっぷりにイライラさせられたりもしたけれど、
そんな中でよく最終戦まで漕ぎ着けてくれたもんだなともw
特に第6戦、打倒田中将大を成し遂げてくれた試合は間違いなく今年のベストゲームだった。
あの感動はずっと忘れないと思う。素敵なドラマをありがとう。
一年闘い抜いた疲れをゆっくり癒して、また来年リベンジしてください。
特に杉内、西村、阿部辺りには来年こそやり返してほしいものです。

そして田中将大
今年の活躍はそりゃもう認めざるを得なかったけれど、
日本シリーズで戦ってみて改めてその凄さを実感した。
2試合目、敗れはしたけど7〜9回ずっと得点圏にランナーを出しながらもしのぎ切って、
最後の160球目で相性の悪い高橋由伸を空振り三振。
今日もボロボロの状態だろうに、何だかんだで失点せず切り抜けた。
24勝0敗なんていう嘘みたいな成績を残すのがどういう投手なのか、というものを見せつけられたようだった。
間違いなく、今まで見てきた中で最強のエースだと思う。
こんな選手をリアルタイムで見ることが出来たことが本当に幸せだ。
来年はMLBでまた素晴らしい投球を見せてください。
……ってここまで完全に田中が来年メジャー行く前提で喋ってきたけど、これで来年も楽天残留だったらもうズッコケるしかないねw

田中の連勝記録、バレンティンのホームラン記録。
小川則本菅野藤浪らルーキーたちの大活躍。
広島16年ぶりのAクラス、楽天初優勝。
その他諸々ドラマ尽くしだった2013年のプロ野球シーズン。
その最後の最後で、やはり球史に残るようなドラマチックな頂上決戦が見れて本当によかった。
興奮と感動をありがとう。まだ悔しさは残るけれど、でも幸せです。

*1:実は年始のWBC代表vs広島でカープが田中に黒星つけてるんだけど、まあそれを持ち出すのは野暮ってことでw 「楽天の田中」じゃないしね